「産声」
〈其れ〉は暗い底で目覚めた。
潰れた胴体は上手く動かすことができず、伸ばした手は虚空をゆらゆらと掴む。ぼろぼろと腕から生えていた羽は揺らすたびに抜け落ちた。
「ィ……!」
痛い。
痛い、いたい。
身体中に痛みがあることに気付き呻いた。まだ目覚めてから間もないというのに。じくじくした痛みが身体中を埋め尽くした。
しばらく痛みに耐えるように丸まっていると、今度は頭の中では数多の声が湧き上がるように反響し始めた。
声、というより悲鳴だ。最初は何を言っているかはわからなかったが、その悲鳴は徐々に大きくなり、己を蝕んでいくようで恐ろしかった。
そして、その声から逃れるように転がり走った。
何かに躓き、転がる。その度にぴたりと声が止み、止んだかと思えば再び叫び出す。
千切れて、叫んで、消えて、また叫んで。悲鳴が今度は自身を呪う声になった。何度もなんども、己の中で反響し繰り返し続く。その度に張り裂けるような、体がバラバラになるような恐怖感が込み上がってくる。
「──────!」
叫びたい衝動にかられ、口から言葉にならない音が溢れ出す。
とにかく叫びたかったのだ。身体中から湧き上がる数多の叫びに負けないように。
だって、そうでもしないと正気を保てないような気がした。
しばらく吐き続けたがいつの間にか声は掠れ、叫ぶのもつらくなった。どっと疲労感が押し寄せる。それでも未だ鳴り続ける悲鳴から逃れたいために、ふらふらと歩き続けていた。
「ァ」
足元の障害物に気づかずに岩だらけの地面に転がった。己の傷口から流れる体液を見つめる。もう立ちあがろうという気はなかった。
なぜ、自分はここにいるのだろう。
なぜ、こんな姿なのだろう。
自分は一体、何者なんだろう。
眠りたい。眠って、溶けて、そして──
──かえりたい。
「うわぁ!?」
ふと、身体の横側に軽い衝撃があった。何かにぶつけられたようだ。
ぐるりと視界が定まらない目を声の方に向ける。
「────」
「ば、化物……!!」
ぶつかってきたものはこちらを見て青ざめていた。己とは違う姿。長い耳に見たことのない色をした生き物。ごつごつとした何かをこちらへ振り回している。
言っていることはわからなかった。
「────?」
のそりと起き上がり、ぶつかってきた相手の方へ手を伸ばす。なんでもいい。何かに掴まっていたかった。
「ひっ……!? 来るなぁ!!」
「待って!!」
青ざめた生き物の前にまた別の生き物が割って入る。
その生き物はぶつかった生き物よりもとても落ちついていた。きらきらした色の髪が後ろでひとまとめにされている。
その姿に見惚れていると、きらきらした色はこちらを伺うようにしゃがみ込む。目線がかちりと合い、凛とした輝くような目の中に醜い物を写す。
思わず驚いて後ずさった。目の中に写ったものは羽根がすべて千切れた醜い肉塊だった。
『わたしのことばがわかる?』
生き物の口から歌うような音が溢れる。自分とは違う音。何を言っているのかはわからなかった。
でも、己の中から湧き上がる悲鳴と違い、その音はとても優しく自分を包み込むようだった。
もっと聞いていたい。その生き物の足をおそるおそる自身の尖った手でひっかいた。
生き物は安堵し、傷だらけの身体を優しく撫でた。
「……星と接触した仲間かもしれないわ。一度連れて戻りましょう」
「正気ですか!? だってどうみても……」
「だってこの子、ひどい怪我をしているわ。早く修復しないと動けなくなってしまうかもしれない」
白い手が〈其れ〉をひょいと持ち上げる。突然のことに驚き、手をばたつかせた。いくつもある尖った手のひとつが生き物の纏う布に引っかかり、布はぴりりと音を立てて破れた。
「あらあら」
「うわ!? ほら、危ないじゃないか!!」
青ざめた生き物は細く長いもので己の足を縛った。身動きが取れずがんじがらめな身体を揺すっていると、きらきらした生き物は「大丈夫よ」と笑った。青ざめた生き物はそれに反応するように何かぶつぶつと呟いている。
相変わらず生き物たちが何を言っているかは分からない。ただ、あの悲鳴よりよっぽどマジだった。心地よさに思わず視界がぼんやりと徐々に見えなくなっていく。
きらきらした生き物が何か言っている。だがもう眠りたかった。
こちらを呼びかける生き物の声に反して意識はゆっくりと落ちていった。
あの呪うような悲鳴はもう聞こえなかった。